新聞から思うこと

ブランド志向の悲しさ 1    01.04.03

4月1日の日経新聞に載っていました。

「魚沼産のコシヒカリが、二倍近く高騰しています。
原因は、4月1日のJAS法の改正です。
JAS法の改正で、業者がこれまで魚沼産と、偽って販売していた米が
魚沼産として通らなくなってしまうので、
争って本当の魚沼産のコシヒカリを、確保しようとして、
値段がつりあがっているのです。

どうして、魚沼産のコシヒカリに他の米を混ぜるかと言う理由には、
「水増し」と「底上げ」というのがあります。
お米の味は、その年によって違うので、
いつも魚沼産の米が一番おいしいとは限らないのです。
そんな年は、魚沼産というブランドイメージを守る為に、
その年、安くておいしいほかの地域のお米を混ぜるそうです。
これが底上げです。

業者の言い分としては、消費者が、高価な魚沼産のコシヒカリを買えば、
いつも一番おいしいお米が食べられるようにしている
ということです。

また、今後有力な米のブランドを持たない地域の農協では、
おいしさの表示を、成分などの分析値で表示する方向ということです。」
                             2001.04.01日経新聞より

底上げや水増しの是非は、別として、
底上げも、これから先は、表向き通らなくなってしまいます。
一番高いブランド米だからといって、今年一番おいしいとは
限らなくなってしまいます。

今、一番おいしいとは限らないブランドのお米が、
すごい価格で取り合いになっています。

やっぱり、有名ブランドは、売れるのでしょうね。

私達がブランド品を選ぶのは、二通りあると思います。
ひとつは、そのブランド(生産者)が、好きだから(共感するから)
もうひとつは、高くても確実においしいというイメージ

たくさん売れるし儲かるのは、後者の理由によることが多いと思います。
これが、底上げの理由の一因になっているかも知れません。

人気につられて確実性を求めてそのブランドを買う
または、おいしさを求めてそのブランドを買う。
というのは、天候の影響を受ける様な、食材に関しては、
ちょっと的外れ、ということになってきます。

高くても安くても、おいしくても、まずくても、
いつも同じブランドを買う。そのブランドが好きだから
という真のブランド志向は、生産者とのパートナーシップにつながります。
作り手に共感し、信頼し、サポートすると言うことです。



ブランド志向の悲しさ 2    01.04.03

−自然から受ける大切なもの−

農産物を供給する生産者からすると、同じコストで一生懸命作っても、
おいしい時と、おいしくないときがありえます。
豊作のときも、不作の時もあります。
そんなときは、自然を憂い、また、自然をありがたく感じます。

自給農家なら、今年の米はまずいなあ。
といって、天候をうらみます。でも、
これは、どうしようもないことです。今年と言う年の個性です。
その味をかみ締めます。だからこそ、おいしいお米ができた年は
一層うれしくありがたく思うのです。

ものを食べるとき、その様な作り手が感じる感覚を、
消費者が感じとるということは、もうありえないのでしょうか?

確かに、農業の工業化も進み、無機栽培なども行われて
いつも一定品質の食材も出てきています。

しかし、自然の一部として生まれてきた「人」にとって、
生きる為に一番基本である食べるという時に感じる、
この、忘れかけた、自然とは切離れられないんだなあ、という感覚が、
本当に忘れ去られては、いけないような気がします。

私達は、いつも、安くておいしいものを探しながら、
値段と味がつりあっていることを求めてしまいます。
安くておいしいお米を買えたときにはうれしいものですが、
そこで得られるものは、その満足か、失敗した悔しさだけです。

世界中から安くておいしい食材が集まってきて、
その価値が「おかね」という画一化された価値で決められてしまう
今の時代には、限られた特定の地域が豊作でも、不作でも、
世界相場と似たような価格になってしまいます。
食材を作る時に自然から受ける、ありがたみや、かなしさは、
生産者のところで全部背負われて、消費者には伝わってきません。

手ごろな価格のものを買うと、手ごろな味や質の物が買えます。
その安定感、確かなものが、実は、ものへのありがたみや、感謝
という、本当に大切な感性を鈍らせている様な気ががします。
それが命を繋ぐ食べ物のことだからなおさらそんな気がします。
それが、生きていられてあたりまえという感覚につながって、
命の重みを下げているような
そんな気もします。

ブランド品に確実なイメージを求めたり、
安くて良いものをいつも求めてしまうこの感覚。
食材に限らず、どんなものを使っていても、値段に対して得か損しか
考えなくなってしまいました。

ブランドは、本来そのような分業化によって感じる機会のなくなった
大切な感覚を感じさせてくれる。そういうものであるとも言えます。

真のブランド志向とは、信頼する、好きなブランドなら、
おいしくない年でも、そのブランドを選びサポートするということです。

いつものブランドなのに今年のお米は、こんなに高くって、
おいしくないね。でも、この地方の天候が悪かったから仕方ないね、
台風も来たし、雨も続いたからね。
来年は、おいしいとありがたいね。っと言う感じで。

むりですかねぇ、やっぱり。


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